「老化・寿命研究の最前線」part2:老化制御における脳の重要性

NMN

ワシントン大学医学部教授、今井眞一郎先生の講演 Part1

特に視床下部の重要性について述べますが、2006年に私の研究室でポストドク研究員として加わった佐藤明子先生は、10年間にわたり私の研究室で多くの優れた研究を行いました。現在、彼女は名古屋郊外の大府にある長寿医療研究センターで副部長として自身のラボを運営しています。佐藤先生は、老化制御には脳が重要であると考え、その証明のためにサーチュイン機能を高めたマウス、通称「ブラストマウス(BLASTO Mouse)」を開発しました。

ブラストマウスによる老化の研究

このブラストマウスを用いた研究では、老化が顕著に遅れ、寿命が有意に延長することが明らかになりました。例えば、メスの場合、中間寿命が16%延長し、これは人間の女性が平均して約13年から14年長く生きることができることを意味します。

オスの場合は寿命が9%延長し、男性が人生の晩年に約7から8年長く生きることができると解釈されます。これらの結果から、ブラストマウスは老化が遅れて寿命が延びるという現象を示しています。

老化と寿命の制御における中心的な臓器組織に関する重要な疑問に対して、脳が鍵を握っていることが明らかになりました。具体的には、どの脳領域が重要かを解明するための研究が進められています。この文脈で、ブラストマウスというモデルを用いた実験結果が示唆に富んでいます。

ブラストマウス絶食後も活発に動き続ける

たとえば、48時間の絶食後にもブラストマウスは通常のマウスと比較して活発に動き続ける様子が観察されました。この現象は、食糧不足時において生存のために積極的に行動する必要性を示唆しており、サーチュインという因子が脳において、個体の生存に不可欠な機能を調節していることが理解されています。このサーチュインが活性化する脳の領域として特定されたのは、視床下部であり、サーチュインは特定の神経細胞の活性化を促すことで、生物の生存戦略に寄与していることが示されました。

ある経路は交感神経系を介して骨格筋を刺激し、身体活動量、体温、および酸素消費量の上昇を促します。また、睡眠の質を若い頃の状態に維持することが、老化遅延と寿命延長に重要であることが認識されています。

別の研究では、17~18ヶ月齢のマウス、人間で言えば約60代に相当するマウスの視床下部にサーチュインの量を増加させる実験が行われました。特定の領域だけでサーチュインの活動を高めたマウスは、観覧車を活発に回す行動を示しました。

この行動は、17~18ヶ月齢のマウスが3~4ヶ月齢のマウスに匹敵する身体活動量を示すことを意味し、体温の上昇も観察されました。これらのデータは、サーチュインが視床下部で老化に対抗するために重要な役割を果たしていることを示しています。

サーチュインが脳の視床下部で重要な役割を果たし、老化に対抗し寿命を延ばす効果があることが認識されています。サーチュインの活動はNADという物質に依存しており、このNADの視床下部での量の制御が重要です。体内でNADを生成するための主要経路とその関連について解説します。

例えば、多くの人が摂取しているマルチビタミン剤に含まれるナイアシン(ニコチンアミド、ビタミンB3)は、NAD生成において基本的な前駆物質として機能します。ビタミンB3の不足はペラグラを引き起こす可能性があり、これは過去には死因の第一位であった疾患ですが、現代ではまれな病気となっています。この背景知識は、NADが老化過程においてどのように機能するかを理解する上で不可欠です。

ペラグラ予防のための研究から、ビタミンB3が重要であることが明らかになりました。ビタミンB3にはニコチンアミドとニコチン酸の2つの形態が存在しますが、サプリメントに含まれる主な形態はニコチンアミドです。ニコチンアミドはニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を生成し、この過程でNADを合成する重要な経路が関与しています。NADの量を増やすことで、サーチュインの活性化が促進され、これが細胞機能の維持に寄与します。

しかし、加齢と共にNADレベルが低下し、これが老化の一因となっていることが近年の研究で確認されています。NADレベルの低下は様々な組織や臓器の機能低下を引き起こすため、NADを補充し維持することが、老化遅延戦略の一つとして注目されています。この補充により機能の低下を遅らせ、健康寿命を延伸することが期待されています。

NMNの役割

NADブースティングを行う上でNMNが重要な役割を果たします。特に、加齢とともにNADが減少し、最も敏感な細胞、例えば膵臓のβ細胞や脳の特定の神経細胞が先に機能障害を起こします。これが体全体のネットワークに影響を与え、ロバストネス、つまり体の正常な機能を保つ能力が低下します。これが老化のプロセスと見なされます。

そのため、NADレベルを保つことが重要とされており、この分野での研究が進められています。具体的に、2007年に慶應義塾大学から私の研究室に加わった吉野純氏とスタッフのキャシー・ミルズはNMN研究で卓越した成果を上げています。これらの研究は、老化の理解と介入の新たなアプローチを提供しています。

老化によって生じる病態の一つとして2型糖尿病が挙げられます。この病気では、インスリンの効果が低下し、β細胞が疲弊してインスリン分泌が不十分になることで血糖値が上昇します。この状態は、老化関連疾患の一例とされています。マウスモデルを用いて、高脂肪食を与えることにより糖尿病を誘発させたり、老化自体が糖尿病の発症につながることを観察しました。

特に、2型糖尿病を発症したマウスはエネルギー合成の過程に異常が見られ、NADの量が減少していました。これによりサーチュインの活性化が妨げられ、代謝の問題が発生していることが判明しました。

NMNは老化防止に効果あり

そこで、糖尿病になったマウスにNMNを投与したところ、症状が劇的に改善され、特にメスの場合は症状がほぼ消失しました。この結果は、老化関連疾患に対するNADブースティングの有効性を示すものであり、2011年に発表された研究はこの分野における先駆的な成果となりました。

健康に老化しているマウスにNMNを長期間投与した研究は、日本のオリエンタル工房株式会社の協力により初めて可能となりました。この研究では、5ヶ月齢から17ヶ月齢のマウスに12ヶ月間NMNを投与し続けました。その結果、NMNが加齢に伴う様々な症状に対して強力な改善作用を持つことが明らかになりました。

具体的には、マウスの体重増加、エネルギー代謝の活性化、インスリン感受性の改善、血中脂質の低下、ミトコンドリアの機能向上、網膜神経細胞の機能強化、骨密度の増加などが観察されました。

また、遺伝子発現パターンが若い個体の状態に戻ることも確認され、これらの結果は2016年に報告されました。この研究は、NMNの研究における重要なマイルストーンとなり、以降の動物実験では糖尿病、アルツハイマー病、心不全、動脈硬化など加齢関連疾患に対するNMNの効果が次々と明らかにされています。

出典

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