「老化・寿命研究の最前線」part3:NMNの臨床治験

NMN

人間におけるNMNの効果を検証する世界初の臨床試験はワシントン大学で行われました。この研究では、サミュエルクライン教授と吉野純教授が共同で研究を進め、閉経後の少し肥満傾向にある女性を対象に、1日250mgのNMNを10週間投与しました。その結果、参加者のNADレベルが顕著に上昇し、血中に存在するNAD関連の物質も増加したことが観察されました。これは体内でNADが効率的に使用されている証拠です。

注目すべき結果として、投与された女性の骨格筋におけるインスリン感受性が25%向上しました。このインスリン感受性の向上は、体重を10%減少させたときの効果に匹敵するものであり、臨床的に意味のある改善と評価されました。これらの成果はNMNがヒトにおいても老化関連の問題に対して有効であることを示唆しており、老化研究における新たな可能性を開いています。

NMNの臨床試験により、特に骨格筋において顕著な効果が観察されたことが明らかになりました。閉経後のやや肥満傾向にある女性を対象に、1日250mgのNMNを10週間投与した結果、骨格筋のインスリン感受性が顕著に向上しました。一方で、肝臓や脂肪組織におけるインスリン感受性には変化が見られませんでした。この結果は、NMNの効果が骨格筋に特異的であることを示しています。

さらに、この研究で興味深い発見がありました。骨格筋の再生に重要な細胞群の中で活動している特定の遺伝子の表現がNMN投与群で顕著に高まっていることが確認されました。これは、NMNが骨格筋のリモデリングや再構築を促進し、その結果インスリン感受性が向上しただけでなく、筋肉の再生能力自体が強化されていることを意味します。この発見は、ヒトにおいてNMNが骨格筋の機能向上に貢献する可能性を示すものであり、マウスでの研究では確認されていなかった新しい知見です。

昨年、NMNの効果に関する臨床試験が大きな話題となりましたが、これをきっかけに新たな疑問が生じています。特に、NMNがどのようなメカニズムで効果を発揮しているのか、その一端を脳が担っている可能性が指摘されています。脳からの指令が骨格筋に伝わることで効果が生じているかもしれないという仮説を検証する研究が進められています。また、女性に対する研究が注目されましたが、男性にも同様の効果があるかどうかも重要な疑問点です。これに答えるため、ワシントン大学では第二次の臨床試験を行っており、アメリカ国防省の資金を得て退役軍人を対象に研究が進められています。

NMN研究はサーチュインおよびNAD関連研究から派生したもので、動物実験からヒトへの応用まで約10年かかりました。現在、日本を含む世界各地でNMNに対する関心が高まっており、高純度かつ高品質のNMNを使用することの重要性が強調されています。この研究は、老化改善の基礎を築く上で重要な意義を持ち、今後の結果発表が待たれています。

NMNに関する研究で重要な点は、製品の純度と不純物の種類です。私たちの研究機構が日本とアメリカ、香港の企業から提供されたNMNを調査したところ、異なる試験方法で純度を測定した結果、多くの製品がまあまあの純度を保っていることがわかりました。しかし、不純物の分析を行った結果、一部の製品には生体内に存在しない物質が含まれていることが判明しました。

特に、化学合成で生産されるNMNには、生体内で利用可能なβ形態とは異なるアルファ形態が存在する可能性があります。これら二つの形態を区別することは非常に困難であり、普通の検査では区別できないことが多いです。私たちの体はβ-NMNのみを利用できるため、NMN製品を選ぶ際には、その製造過程が生体内の生成プロセスを模倣しているかどうかが非常に重要です。この情報は、NMNを長期間摂取する際に消費者が考慮すべき重要な点です。

最近の問題として、NMNの摂取方法が議論されています。多くの厳密な臨床研究を通じて錠剤形式でのNMN摂取の安全性が確認されていますが、日本ではNMNの静脈注射法が広がりつつあり、この方法の安全性はまだ確立されていません。我々の研究チームは、体内のエネルギー代謝に関わる新たな酵素「SARM1」に焦点を当てています。この酵素は、高濃度のNADが存在すると活性化し、NADを迅速に分解してしまいます。

特に、静脈注射により血液中に高濃度のNMNが導入された場合、SARM1の過剰活性化が懸念されます。最近の研究では、SARM1が常に活性化している人で、長期的な運動神経の麻痺が報告されています。この事実は、特に静脈注射によるNMN投与の危険性を示唆しています。我々の体には、一定量以上のNADを蓄積しないための安全装置が備わっており、特定のトランスポーターがその役割を果たしています。しかし、この安全装置を迂回し、血中に高濃度のNMNを注入すると、望ましくない副作用のリスクが高まる可能性があります。

したがって、NMNの静脈注射法については、現時点では推奨できません。この問題に関しては、さらなる研究と慎重な評価が必要です。

NMNの摂取方法として、食物からの自然摂取が注目されています。食品中に含まれるNMNの量は少ないものの、例えば枝豆、ブロッコリー、アボカドには一定量が含まれています。しかしながら、これらの食品から摂取できるNMNの量は限られており、より多くのNMNを含む食品として血液が挙げられます。血液料理は世界中で古くから健康に良いとされており、赤血球にはNMNが大量に含まれていると言われています。

さらに、NMNの効果を得るためには運動が有効であり、特に骨格筋や血中のNAD合成酵素を活性化することで、NMNの生体内での効果を高めることができます。加えて、サーカディアンリズム、つまり生物学的なリズムを整えることもNMNの効果を最大化するために重要です。具体的には、朝食をしっかりと摂取し、活動初期に高カロリーを摂ることが勧められています。夜は軽めの食事にして、就寝前に血糖値が下がるように調整することが望ましいとされています。

これらの方法は、日本の現代生活においては実践が難しいとされることもありますが、体調の改善や睡眠の質向上など、多くのポジティブな効果が報告されています。これらのアプローチは、NADやエネルギー代謝に関連する生体内プロセスと密接に関連しており、NMNの摂取だけでなく、生活習慣全般に対する理解と改善が重要です。

様々な文化背景を持つ友人から受けたアドバイスに基づき、健康長寿についての先人の知恵を科学的に検証してきました。「皇帝のように朝食を、王のようにランチを、乞食のようにディナーを食べる」という古言が、現代の科学研究によっても支持される健康の秘訣であることが示唆されています。最新の科学的研究は、このような生活習慣が骨格筋や血中の重要な酵素の活性を高め、NAD合成を促進することを示しています。

2019年の研究で明らかになったのは、人間の脂肪組織が視床下部への信号を送り、消化部でのエネルギー補給をサポートする役割を持っていることでした。この発見は、脂肪組織がエネルギー代謝において重要な役割を担っていることを示唆しています。さらに、運動やサーカディアンリズムの調整を通じて、NADレベルを最適化することが、健康維持に寄与すると考えられます。

これらの知見は、パンドラの箱の故事から希望を見出すように、最新の研究を通じて老化への新しい対策を模索する努力の重要性を示しています。プロダクティブエイジング研究機構で進行中の研究は、社会への実装を視野に入れ、今後数年内に具体的な成果を期待しています。老化研究の進展は、超高齢化社会を迎える日本にとって、希望をもたらす可能性を秘めています。

出典

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